テーマは「水草」、いのちのたび博物館の真鍋徹さんを語り手に迎えての開催です。
最初に真鍋さんから出されたキーワードが
「サイエンスカフェの目的は、科学的真実を伝えることではなく、問いを提示すること-シェークスピア-」
(「ハムレット」などの作者のウィリアム・シェークスピアと勝手に勘違いしてました。後で記憶を頼りに調べてみると英国でサイエンスカフェ普及の中心となってきた、ニューカッスル大学のトム・シェークスピアさんのことでした。勉強不足です…。)
カフェペディアをはじめて1年目にして初めて聞いた言葉です。知的好奇心は"真実”を知ることを積み重ねることではなくて、”問い”によって広がっていく自分自身の思考によって満たされるような気がします。
この報告書も毎回のカフェペディアを思い出しながらまとめているのですが、カフェペディアで語り手の方が語ったことを報告しているというよりも、語り手からの”問い”、といっても語り手の方が質問をなげかけているというのではなく、語り手の”語り”から生まれた自分自身への”問い”とそれによって広がっていった自分自身の思考をまとめているようなものになってしまっている点はご了承ください。
出だしのキーワードだけでかなり思考が巡ってしまいました…。
真鍋さんの語りは森林の話からスタートです。
水草の話では…?と思いながら
話題は里山へと
人間の日常生活は自然と共にありました。
燃料という点から見ると、森は薪の供給源である薪炭林として常に人の影響が加わっていました。
しかし、1960年代の石油エネルギーへの転換という燃料革命とともに薪炭林は放棄されます。
こうした変化は森だけではありません。
人間の日常生活とともにあった自然が有機的につながった里山という環境は、人間の生活の変化とともに量的にも質的にも失われていきました。そして、その変化は里山環境を好む生物がいなくなると言うことにつながります。つまりは、これまでサザエさん的なライフスタイルでけんかしながらも仲良くくらしてきた仲間に、ちょっとトレンディードラマ風のライフスタイルに変えたいから出て行ってくれというようなものでしょうか。こう考えるとかなり身勝手なことです。
今回のテーマの稀少な水草もため池という失われていく里山環境に生息する住人です。その名はガシャモク。名前からするとポケモンのキャラクタのような雰囲気ですが、とても…地味な水草です。
このガシャモクの最後に残された自然自生地が北九州市の一つのため池だったのです。
これに気づいたのが市内のため池をくまなく調査してきた大野さんです。
そのため池のある地域のお年寄り曰く、子どものころ池を泳ぐのに邪魔になるほど繁茂していたというガシャモクがいまや日本でここにしか自生していないのです。
ですが、そのため池でもここ数年ガシャモクが減少しているというのです。
もともと陸上の森林が専門である真鍋さんがガシャモクの調査と保護の取り組みをはじめたきっかけは…上司からの指令(真鍋さん、公にして良かったでしょうか?)。調査費用もない中で、試行錯誤の取り組みを行い、今や地域も巻き込んでの取り組みとなっているのです。
資金がなければ、知恵を出す。試行錯誤は知的好奇心を満たす大きな楽しみだと思います。大きな楽しみがあるから仲間が集まります。そして、地域の人にとってただの水草がガシャモクいう名をもつものになった時に、地域で一緒に暮らしてきた同居人としての存在になったのではないのでしょうか?
ガシャモクの取り組みは、関わる人にとって科学的真実を提供するものではなく、ガシャモクという共に生活してきた仲間についての”問い”をそれぞれの人が投げかけられ、その”問い”についての思考を楽しむ(適切な表現ではないかもしれませんが)ものなのでは…と、最初の真鍋さんのキーワードを思いだしました。
さて、最後に私が常日頃思う疑問を真鍋さんにたずねてみました。人の生活により影響を与えられ存在した里山が人の生活の変化とともに失われる。その里山の生きものを保護する意義は?
「意義はやる人がそれぞれ考えればいい、生き物が好きだから、それでいいと思う。」
すごく腑に落ちました。
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