Cafepedia(カフェぺディア)とはcafe+encyclopedia(百科事典)を合成したもので、「百科の学術」つまり生物や物理、文化や社会、芸術や音楽…etc様々な「科学」をキーワードに、様々な方々を語り手に迎え、知的好奇心をくすぐる様々な話題をつまみにして、おしゃれなカフェで飲み物を片手に楽しい時間をすごそうという企画です。

カフェに参加している人だけでなく、その場に居合わせたお店のお客さん全員が、「科学」の話をBGMにお酒を楽しめるような雰囲気を生み出す。科学夜話”Cafepedia(カフェペディア)”はそんな粋な空間を目指しています。

2009年9月7日月曜日

報告書 第十八夜「おいでよ動物の森へ~動物番長の夜話~」

申し訳ありません報告がかなり遅れてしまいました。
季節も秋です虫の音を聞きながら、報告します。

7月23日(木)に科学夜話Cafepedia第十八夜を開催しました。
語り手は海の中道海浜公園にある動物の森で獣医をされている高田真理子さんです。

北九州市の到津の森公園のスタッフのみなさんにはいつもCafepediaに遊びに来ていただいており、到津の森公園のバイタリティーあふれる二人の獣医さんにはお会いする機会がたっぷりあるのですが、他の動物園の獣医さんのお話をうかがうのは初めてです。しかも「番長」です。どんな方が現れるのか内心ドキドキしておりました。

話の出だしは、前日の皆既日食のレポートです。やはり開催日からするとこのネタは外せないでしょう。皆既日食に動物たちがどう反応したのか興味津々です。

動物の森で一番反応した動物は・・・ニワトリの鳥丸(♂)!コケコッコーと時の声を上げ続けたそうです。

早朝、雄鶏は時の声を上げますが、それはやはり明るさがきっかけになるのでしょうか?とすると明→暗の日の入りではなく、暗→明の日の出に鳴くのですから、日食時も皆既日食から明るくなる状態で鳴いたのだろうか…などふと思いました。


さらにクジャクが騒いだそうです。
このクジャクは数年前の福岡西方沖地震の揺れる少し前にも騒ぎ出したそうです。高田さん曰く、何か天変地異を感じる能力を持っているのかもしれない・・・。私の中ではクジャクはインドのマハラジャの宮殿に放し飼いにされているというイメージがあるのですが、もしかしたら、天変地異を知るためにインドのマハラジャはクジャクを飼っていたのかー!と勝手な想像をしてしまいました。
後で調べてみるとクジャクはヘビの天敵だそうで、インドに住むコブラの危険を避けるために放し飼いにしていたそうです。

出だしの日食ネタでいろいろ考えてしまいましたが、本題の話です。

「人は本質的に動物が好き!」
出だしから言い切られてしまいました。

「動物を見てパワーをもらうことが出来る。これは原始の血である。」
確かに、トーテミズムなどは動物を自分とつながりのあるものとして崇拝します。

「食料としての動物、敵としての動物、財産を脅かす存在としての動物、財産を守る存在としての動物からいやしの存在としての動物になった。最近ではアニマルセラピーなど動物とふれあうことでリラックスしたり病気が治ったりという研究事例もある。」
そういえばイルカと一緒に泳いだりしてふれあうことで、自閉症を治していくというのを聞いたことがあります。

動物の森ではカンガルーを飼育していますが、音などに驚いて混乱して柵にぶつかったりして、首や腰を骨折するそうです。首や腰を骨折したら致命傷だと思うのですが、そのカンガルーの治療に高田さんが飼育員の方といろいろと悩みながら取り組んできた話をうかがいました。

なぜ完治する可能性が低いのに治療するのか?安楽死の方がいいのではという考えがよぎりました。
そこから高田さんの話もふまえて、考えてみました。

動物園には人と動物の間に檻や柵、堀などの距離があります。互いの安全のために必要な距離ですが、その距離での動物と人間の関係だけでは展示物としての動物の見方を超えることはできないでしょう。極端に言えば、動物=展示物という見方しかできなくなってしまえば、動物がケガや病気をしたならスペアを用意すればよいという見方をするかもしれない。それは私がカンガルーの治療に関してふと頭によぎった、自ら手を下すことがない立場の人間が考える安楽死という見方と同じなのかもしれません。

動物園が動物展示施設だけに留まるのなら、それは古代からの動物とのかかわりを絶ってしまう存在になるのかもしれません。しかし、そうなることは動物園の本来の趣旨ではないし、動物園のスタッフの皆さんの思いに反することだと思います。

そうならないためにどうするべきか?

動物園には生きている動物がいるのに人間と動物の距離が離れすぎバーチャルな動物展示施設になってしまわないため、そのために小動物に直接ふれあうことができるふれあい動物園などの取り組みをやっているんだ!と初めて気づきました。

正直、今の自分にとって動物園は知的好奇心を満たすために動物を観察する場になっていたし、そういう目で動物を見ていました。まさに目で見ているだけです。

しかし、子どものころに訪れた動物園の記憶は、ゾウに餌をあげたり、ロバに乗ったり、ゴリラにウンチを投げられたり、カバに水中でしたウンチをしっぽで撒き散らされたり(なぜかウンチネタがかなり記憶に残っています)、ゾウの鼻息、ロバの背の肌触り、ウンチの臭い、ゴリラの雄たけび、五感をフル活動させ、直接的、間接的に動物にふれあっていました。一日中遊んだ動物園から帰るときにはなぜか元気一杯だったような気がします。これが動物のパワーをもらうということだったのでしょうか?

動物とのつながりを取り戻す。そして動物のパワーを原始の血で感じ、人間本来の生きる力を取り戻す。これが現代における動物園の存在の意義なのかもしれません。

こうやっていろいろ考えると動物園の獣医になった理由は「動物が好きだから」と言う高田さんの言葉に改めて深い意味を感じました。
&「動物からパワーをもらう」という言葉に到津の森動物園のスタッフの方々がバイタリティにあふれているのはそのためか!と妙に納得しました。

かなり文章が迷走し、読みにくい報告になってしまいましたがお許しください。


講演終了後も参加者の動物相談を受ける高田獣医でした。

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