18:00開場~19:00開演までの間のカフェペディアメニューの発表です!
●ディナーセット \1250(1drink、プチサラダ付) 3種類よりお選びください。
・キーマカレー
・紫咲米入りえびとしめじのピラフプレート
・ベーコンとブロッコリーのトマトソース
●デザートセット \750(1drink付)
・バナナのチーズケーキ
・栗のパウンドケーキ
・クルミのガトーショコラ
これ以外のお客様はドリンクのみのオーダーとなります。また、19:00~20:30の時間帯はドリンクのみのオーダー、講演終了後は通常メニューとなります。
2009年11月15日日曜日
2009年11月9日月曜日
お知らせ! 第二十二夜開催!
いつも急ですが、第二十二夜開催のお知らせです。
今回は、「ヒトの心とは一体なにものか?」という問いをヒトとチンパンジーとの比較を通じて解き明かす研究を行っている京都大学霊長類研究所の友永 雅己さんを語り手にお迎えしての開催です。
「心」と言えば、一休宗純の歌「心とはいかなるものを言ふならん 墨絵に書きし松風の音」を思い浮かべます。いまだに私にとってはなんとなくわかりそうで、わからない歌です。今回のカフェペディアで「心」を知るきっかけが得られることを楽しみにしています。
第二十ニ夜 「チンパンジーからヒトをみる」
語り手 友永 雅己さん
(京都大学霊長類研究所 思考言語分野 准教授 )
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/koudou-shinkei/shikou/staff/tomonaga/indexj.html#top
http://www.jsps.go.jp/jsps-prize/data/ichiran_2nd/2_tomonaga.pdf
http://homepage3.nifty.com/~jmc/priken/yoshi47/tomonaga.html
開催日時 平成21年11月15日(日)
18:00開場~
19:30語り手の話~
20:30フリータイム~
「語り手の話」前後には語り手とのフリートークをお楽しみください。
※カフェでの飲食について
18:00~19:00 自由に食事をお楽しみください。
19:30~20:30 ドリンクのみご注文できます。
20:30~ 自由に食事をお楽しみください。
飲食メニューについては後日、改めてお知らせします。
お楽しみに!
参加費 無料(飲食については各自でお支払いください。)
場 所 「cream」
北九州市小倉北区馬借1丁目15-8藤本ビル1F
TEL093-533-3311
http://www.cream-colony.com/
座席などの準備のため、事前におおよその参加人数を把握必要があるため、現段階で参加します。という方は11/13日(金)までにpost@cafepedia.net 担当 梅野 までご連絡ください。
連絡なしでも参加できますので、「急に時間が空いた!」、「今日はちょっと寄り道して帰ろうかな・・・」などなど、お気軽にご参加ください。
今回は、「ヒトの心とは一体なにものか?」という問いをヒトとチンパンジーとの比較を通じて解き明かす研究を行っている京都大学霊長類研究所の友永 雅己さんを語り手にお迎えしての開催です。
「心」と言えば、一休宗純の歌「心とはいかなるものを言ふならん 墨絵に書きし松風の音」を思い浮かべます。いまだに私にとってはなんとなくわかりそうで、わからない歌です。今回のカフェペディアで「心」を知るきっかけが得られることを楽しみにしています。
第二十ニ夜 「チンパンジーからヒトをみる」
語り手 友永 雅己さん
(京都大学霊長類研究所 思考言語分野 准教授 )
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/koudou-shinkei/shikou/staff/tomonaga/indexj.html#top
http://www.jsps.go.jp/jsps-prize/data/ichiran_2nd/2_tomonaga.pdf
http://homepage3.nifty.com/~jmc/priken/yoshi47/tomonaga.html
開催日時 平成21年11月15日(日)
18:00開場~
19:30語り手の話~
20:30フリータイム~
「語り手の話」前後には語り手とのフリートークをお楽しみください。
※カフェでの飲食について
18:00~19:00 自由に食事をお楽しみください。
19:30~20:30 ドリンクのみご注文できます。
20:30~ 自由に食事をお楽しみください。
飲食メニューについては後日、改めてお知らせします。
お楽しみに!
参加費 無料(飲食については各自でお支払いください。)
場 所 「cream」
北九州市小倉北区馬借1丁目15-8藤本ビル1F
TEL093-533-3311
http://www.cream-colony.com/
座席などの準備のため、事前におおよその参加人数を把握必要があるため、現段階で参加します。という方は11/13日(金)までにpost@cafepedia.net 担当 梅野 までご連絡ください。
連絡なしでも参加できますので、「急に時間が空いた!」、「今日はちょっと寄り道して帰ろうかな・・・」などなど、お気軽にご参加ください。
報告書 第二十一夜「アフリカでわしも考えた~動物園長の旅行記~」
10月19日(月)、到津の森公園の岩野俊郎園長を語り手に迎え、科学夜話Cafepedia第二十一夜を開催しました。
今回は福岡地域の様々な施設の学芸員の方々が行っている「知のネットワーク」という取り組みとの協同開催ということで遠方からも多数の参加者がカフェに集まりました。

と、いっても普段と違っているのは語り手の話の前に「知のネットワーク」の取り組みの紹介と「カフェペディア」について言いだしっぺの私が話をするはめになってしまったという点です。話をした本人は軽~く話をしたつもりだったのですが、後でみなさんから「熱く語っていたね」との感想・・・。
さて、いよいよ岩野園長の出番です。
会場前面のスクリーンにはタイトルにふさわしくアフリカの写真が映し出されています。
が、話は岩野園長が「アフリカでわしも考えた」ではなく「ずっと考えてきたこと」ではじまりました。

岩野さんが園長をつとめる到津の森公園は民間運営から市民運営へと生まれ変わった動物園です。
その変化の中でこれからの動物園はどうあるべきなのか?そんな園長の「問い」とそれに対する園長が考え、見出した「答え」の話は聴き手をひきつけていきました。
以下の文章は私の曖昧な記憶と自分自身の解釈で記載しておりますので、実際に語られた内容とズレがある可能があることをご了承ください。
園長→「これまでの動物園はめずらしい動物がいる場所。そんなみんなのイメージがくずれない。」
確かに子どものころ、私にとっての動物園は絵本や図鑑に出てくる動物がいる場所でした。ゾウがいる、ライオンがいる、キリンがいる。本の中に出てくる動物が動いている。それに驚く場所でした。でもそれは本当にゾウやライオンやキリンだったのでしょうか?
話は園長が好きな梅原猛さんの「隠された十字架」の話になります。
園長→「われわれはものごとを一面から見がちであるが、裏側から見ると違う面が見えてくる。それが大事だ。」
なんとなくわかりますが、それと動物園がどう関係するの?とそのときは思っていました。
園長→「動物園で人はキリンやゾウという形しか見ない。ゾウの裏側を見る。どうすればいいのか?
ゾウをひっくり返して何かが見えるようにしたい。みんなの持つ動物園の固定概念を崩したい。」
「ゾウの裏側を見る」、「ゾウをひっくり返す!」どういうことだろう・・・。今、この報告書を書きながら考えてみると「ゾウの裏側を見る」には見る側が視点を変えなければなりません。「ゾウをひっくり返す」にはゾウを見せる側(見せるというのが正しい表現か自信がありませんが)が見せ方に対する考え方を変えること。つまりは見る側、見せる側、両方が変わる必要があるということなのではないでしょうか?
そのためにはまずどうするべきなのか?
園長→「動物園がいかに自然破壊を行ってきたか?ということを知る必要がある。」
チンパンジーを連れてくるのに動物園という環境に適応しやすい子どもをつれてくる必要がある。群れから子どもだけをつれてくるのは無理。群れを殲滅させて子どもを連れてくる。これまでの動物園がやってきたのはそういうことである。」
これはほとんどの人が今まで知らなかった、というより気づかないふりをしていたことだと思います。肉を食べるのにそこに屠殺という作業があるのを気づかないふりをしているようなものだと思います。

園長→「ゾウやチンパンジーを見たい=個体を見たい、そうではなく、形ではない生命があるものを生命があるように見る。」
ここまで話を聞きながら、前回のカフェペディアで岡本さんが語っていただいた量子の世界の話を思い出しました。
「量子の世界とはモノではなくコトである。」
園長の言う「生命があるものを生命があるように見る」ということはどういうことだろう?
”モノ”と”モノ”の間に”コト”があるのではなく”コト”があって初めて”モノ”であることができる。
社会生活を行うチンパンジーが群れから切り離されて育てられた時、うまく繁殖ができないそうです。なぜか?群れと言う社会生活の中で学ぶ繁殖行為を学ぶことが出来ないからです。
つまり社会生活という”コト”があって、チンパンジーという”モノ”になりうるということではないでしょうか?
さらに話は続きます。
園長→「これまでの動物園は「楽しむ」アミューズメントであった、「楽しむ」ために「知る」に立ち戻り「楽しむ」必要がある。」
これは、論語にある「之を知るものは之を好むものに如かず、之を好むものは之を楽しむものに如かず」ということを反対方向にたどれば本当に「楽しむ」ためには「知る」という過程が必要であると言えるのではないでしょうか?
園長→「動物園のzooの語源はzoologyであるが現在の動物園にはロジックなところがない。」
園長を疑ったわけではありませんが、ちょっと調べてみました。
zooは zoological garden を略した言い方でzoologyの語源は、ギリシャ語でΖωο("animal") +λογος ("logos")だそうです。では"logos"とは・・・言葉、論理、真理の意味です。
「動物の論理」とは・・・学問的に動物を知るだけが動物を知ることではないような気がします。むしろ「動物の真理」としてのzoologyつまり、園長の言う「生命があるものを生命があるように見る」ことだと思います。これはどういうことか・・・?
語りの時間終了後のフリータイムで園長と、「チンパンジーは人と同じように道具を使うことができる」とか、どうしても人と比較して動物を見ようとする。それぞれの動物はそれぞれが自然界で生きていくためにその能力を持つ、そのことに目が行かないというような話をしました。
ぼんやりとしかイメージできませんが、生命があるように見るというのはそういうことなのかなーと思います。
園長→「二本足で立つレッサーパンダは立つのが当たり前、頭を抱えるクマはノイローゼである。それを売り物にするのはものだけを売っているだけである。動物園は行き詰っている。
チンパンジーのパン君がいかに哀れであるかを知らないと前には進めない。
パン君は社会生活を行うチンパンジーとしては繁殖できない。
チンパンジーの形をした化け物である。
チンパンジーの生活ができないのにそれをチンパンジーだと思う。
これは”もの”を見ているに過ぎない。僕らが見ているものの裏側を見る必要がある。」
ここまで、スクリーンの映像は最初と全く変わらず園長の話にみなさん引き込まれていました。
と、ここで「アフリカの話も・・・」
ということで岩野園長が岩野園長の視点で撮影した様々なアフリカの写真を見ながら、「アフリカで考えた」ことを話していただきました。

最後に岩野園長が描く、「日本人のための動物園、日本人の感性をふるわす動物園」。私が思い浮かべたのは水墨画や花札に描かれる動物の姿だったのですが、正しいイメージだったのでしょうか・・・?

いつものように講演後にはフリータイムということで岩野園長と話込んだのですが・・・。私が園長を独占してしまい申し訳ありませんでした。
今回は福岡地域の様々な施設の学芸員の方々が行っている「知のネットワーク」という取り組みとの協同開催ということで遠方からも多数の参加者がカフェに集まりました。

と、いっても普段と違っているのは語り手の話の前に「知のネットワーク」の取り組みの紹介と「カフェペディア」について言いだしっぺの私が話をするはめになってしまったという点です。話をした本人は軽~く話をしたつもりだったのですが、後でみなさんから「熱く語っていたね」との感想・・・。
さて、いよいよ岩野園長の出番です。
会場前面のスクリーンにはタイトルにふさわしくアフリカの写真が映し出されています。
が、話は岩野園長が「アフリカでわしも考えた」ではなく「ずっと考えてきたこと」ではじまりました。

岩野さんが園長をつとめる到津の森公園は民間運営から市民運営へと生まれ変わった動物園です。
その変化の中でこれからの動物園はどうあるべきなのか?そんな園長の「問い」とそれに対する園長が考え、見出した「答え」の話は聴き手をひきつけていきました。
以下の文章は私の曖昧な記憶と自分自身の解釈で記載しておりますので、実際に語られた内容とズレがある可能があることをご了承ください。
園長→「これまでの動物園はめずらしい動物がいる場所。そんなみんなのイメージがくずれない。」
確かに子どものころ、私にとっての動物園は絵本や図鑑に出てくる動物がいる場所でした。ゾウがいる、ライオンがいる、キリンがいる。本の中に出てくる動物が動いている。それに驚く場所でした。でもそれは本当にゾウやライオンやキリンだったのでしょうか?
話は園長が好きな梅原猛さんの「隠された十字架」の話になります。
園長→「われわれはものごとを一面から見がちであるが、裏側から見ると違う面が見えてくる。それが大事だ。」
なんとなくわかりますが、それと動物園がどう関係するの?とそのときは思っていました。
園長→「動物園で人はキリンやゾウという形しか見ない。ゾウの裏側を見る。どうすればいいのか?
ゾウをひっくり返して何かが見えるようにしたい。みんなの持つ動物園の固定概念を崩したい。」
「ゾウの裏側を見る」、「ゾウをひっくり返す!」どういうことだろう・・・。今、この報告書を書きながら考えてみると「ゾウの裏側を見る」には見る側が視点を変えなければなりません。「ゾウをひっくり返す」にはゾウを見せる側(見せるというのが正しい表現か自信がありませんが)が見せ方に対する考え方を変えること。つまりは見る側、見せる側、両方が変わる必要があるということなのではないでしょうか?
そのためにはまずどうするべきなのか?
園長→「動物園がいかに自然破壊を行ってきたか?ということを知る必要がある。」
チンパンジーを連れてくるのに動物園という環境に適応しやすい子どもをつれてくる必要がある。群れから子どもだけをつれてくるのは無理。群れを殲滅させて子どもを連れてくる。これまでの動物園がやってきたのはそういうことである。」
これはほとんどの人が今まで知らなかった、というより気づかないふりをしていたことだと思います。肉を食べるのにそこに屠殺という作業があるのを気づかないふりをしているようなものだと思います。

園長→「ゾウやチンパンジーを見たい=個体を見たい、そうではなく、形ではない生命があるものを生命があるように見る。」
ここまで話を聞きながら、前回のカフェペディアで岡本さんが語っていただいた量子の世界の話を思い出しました。
「量子の世界とはモノではなくコトである。」
園長の言う「生命があるものを生命があるように見る」ということはどういうことだろう?
”モノ”と”モノ”の間に”コト”があるのではなく”コト”があって初めて”モノ”であることができる。
社会生活を行うチンパンジーが群れから切り離されて育てられた時、うまく繁殖ができないそうです。なぜか?群れと言う社会生活の中で学ぶ繁殖行為を学ぶことが出来ないからです。
つまり社会生活という”コト”があって、チンパンジーという”モノ”になりうるということではないでしょうか?
さらに話は続きます。
園長→「これまでの動物園は「楽しむ」アミューズメントであった、「楽しむ」ために「知る」に立ち戻り「楽しむ」必要がある。」
これは、論語にある「之を知るものは之を好むものに如かず、之を好むものは之を楽しむものに如かず」ということを反対方向にたどれば本当に「楽しむ」ためには「知る」という過程が必要であると言えるのではないでしょうか?
園長→「動物園のzooの語源はzoologyであるが現在の動物園にはロジックなところがない。」
園長を疑ったわけではありませんが、ちょっと調べてみました。
zooは zoological garden を略した言い方でzoologyの語源は、ギリシャ語でΖωο("animal") +λογος ("logos")だそうです。では"logos"とは・・・言葉、論理、真理の意味です。
「動物の論理」とは・・・学問的に動物を知るだけが動物を知ることではないような気がします。むしろ「動物の真理」としてのzoologyつまり、園長の言う「生命があるものを生命があるように見る」ことだと思います。これはどういうことか・・・?
語りの時間終了後のフリータイムで園長と、「チンパンジーは人と同じように道具を使うことができる」とか、どうしても人と比較して動物を見ようとする。それぞれの動物はそれぞれが自然界で生きていくためにその能力を持つ、そのことに目が行かないというような話をしました。
ぼんやりとしかイメージできませんが、生命があるように見るというのはそういうことなのかなーと思います。
園長→「二本足で立つレッサーパンダは立つのが当たり前、頭を抱えるクマはノイローゼである。それを売り物にするのはものだけを売っているだけである。動物園は行き詰っている。
チンパンジーのパン君がいかに哀れであるかを知らないと前には進めない。
パン君は社会生活を行うチンパンジーとしては繁殖できない。
チンパンジーの形をした化け物である。
チンパンジーの生活ができないのにそれをチンパンジーだと思う。
これは”もの”を見ているに過ぎない。僕らが見ているものの裏側を見る必要がある。」
ここまで、スクリーンの映像は最初と全く変わらず園長の話にみなさん引き込まれていました。
と、ここで「アフリカの話も・・・」
ということで岩野園長が岩野園長の視点で撮影した様々なアフリカの写真を見ながら、「アフリカで考えた」ことを話していただきました。

最後に岩野園長が描く、「日本人のための動物園、日本人の感性をふるわす動物園」。私が思い浮かべたのは水墨画や花札に描かれる動物の姿だったのですが、正しいイメージだったのでしょうか・・・?

いつものように講演後にはフリータイムということで岩野園長と話込んだのですが・・・。私が園長を独占してしまい申し訳ありませんでした。
2009年10月16日金曜日
第二十一夜のカフェペディアメニューです。
18:00開場~19:00開演までの間のカフェペディアメニューの発表です!
●ディナーセット \1250(1drink、プチサラダ付) 3種類よりお選びください。
・キーマカレー
・ソーセージとじゃがいものグラタン(バケット付き)
・海老とホウレン草のトマトソースパスタ
●前菜3種プレート \1100(1drink付)
※プレートのみのご注文は\750
・蒸し鶏とセロリのサラダ、ロースハムのムース、エビの春巻
●デザートセット \750(1drink付)
・キャラメルチーズケーキ
・栗と抹茶のガトーショコラ
・紅茶のシフォンケーキ
これ以外のお客様はドリンクのみのオーダーとなります。また、19:00~21:00の時間帯はドリンクのみのオーダー、講演終了後は通常メニューとなります。
●ディナーセット \1250(1drink、プチサラダ付) 3種類よりお選びください。
・キーマカレー
・ソーセージとじゃがいものグラタン(バケット付き)
・海老とホウレン草のトマトソースパスタ
●前菜3種プレート \1100(1drink付)
※プレートのみのご注文は\750
・蒸し鶏とセロリのサラダ、ロースハムのムース、エビの春巻
●デザートセット \750(1drink付)
・キャラメルチーズケーキ
・栗と抹茶のガトーショコラ
・紅茶のシフォンケーキ
これ以外のお客様はドリンクのみのオーダーとなります。また、19:00~21:00の時間帯はドリンクのみのオーダー、講演終了後は通常メニューとなります。
2009年10月14日水曜日
お知らせ! 第二十一夜「アフリカでわしも考えた~動物園長の旅行記~」
秋も深まった第二十一夜のカフェペディアは到津の森公園の園長、岩野俊郎さんを語り手に迎え、動物園長が”アフリカ”という空間を通じて考えたあれやこれやを伺います。

先日、管理人が打ち合わせのため到津の森公園の岩野園長のもとにうかがったのですが、話が盛り上がってしまい、あっという間に2時間経っていました・・・。
話し出したら止まらない熱中人、岩野園長を楽しみましょう。(語りの時間内に収まらないかもしれませんが・・・)
今回はちょっと趣を変えて「知のネットワーク」(http://www.f-museum.net/)構築という取り組みとの協同開催で行います。タイムスケジュールが普段と少し違いますので、ご確認ください。
成り行き上、なぜか管理人も「科学夜話Cafepedia」についての話をすることになってしまいました。いつもは語り手の話を楽しむだけの気楽な立場だったのに・・・。これからネタを考えます。
第二十一夜 「アフリカでわしも考えた~動物園長の旅行記~」
語り手 岩野 俊郎さん
(到津の森公園 園長 )
http://www.kpfmmf.jp/zoo/
ウィキペディア
開催日時 平成21年10月19日(月)
18:00開場~
19:30「知のネットワーク」&「科学夜話Cafepediaのひみつ」の話~
20:00語り手の話~
21:00フリータイム~
「語り手の話」前後には語り手とのフリートークをお楽しみください。
※カフェでの飲食について
18:00~19:00 自由に食事をお楽しみください。
19:30~21:00 ドリンクのみご注文できます。
21:00~ 自由に食事をお楽しみください。
飲食メニューについては後日、改めてお知らせします。
お楽しみに!
参加費 無料(飲食については各自でお支払いください。)
場 所 「cream」
北九州市小倉北区馬借1丁目15-8藤本ビル1F
TEL093-533-3311
http://www.cream-colony.com/
座席などの準備のため、事前におおよその参加人数を把握必要があるため、現段階で参加します。という方は10/18日(日)までにpost@cafepedia.net 担当 梅野 までご連絡ください。
連絡なしでも参加できますので、「急に時間が空いた!」、「今日はちょっと寄り道して帰ろうかな・・・」などなど、お気軽にご参加ください。
2009年10月13日火曜日
報告書 第二十夜「金子みすずの不思議とアトムの世界~量子の不思議とリアリティー~」
9月29日(火)、語り手に九州工業大学大学院工学研究院で基礎科学系・量子物理学部門の教授をされている岡本良治さんを迎え、科学夜話Cafepedia第二十夜を開催しました。
今回も報告作成までに時間がかかってしまいました。
なぜか・・・?
正直に言うと今回のカフェペディアで自分の中に生まれたアイデアをうまく言葉に表現できなかったからです。
カフェペディアの夜に生まれたぼんやりとしたアイデアをしっかりとつかむためにいろいろ本を読みました。開催前にもいろいろと量子力学関連の本を読んでみましたが、???の部分が多く、その部分は放っていました。しかし、今回のカフェペディア開催後にぼんやりとつかめたイメージで改めて本を読むと???の部分が少し解消されました。(その分新たな???が生まれたのですが…。)
そういうことですので今回の報告書では、カフェペディアでの話とその後に読んだ本で出会った内容が混在していると思いますがご了承ください。また、理解し間違えている部分もあろうかと思います。その際にはコメントにてご指摘修正していただけるとありがたいです。
前置きが長くなってしまいました。
今回の量子の世界の話、最初は原子や電子よりも小さな世界のことだと言う程度の認識しかありませんでした。事前に岡本さんの研究室でお話させていただいた際の私のこのような理解状況を察していただき、カフェペディアでは日常生活の視点では全くイメージできない世界、そういう世界を捉えるため頭のウォーミングアップの話からスタートしました。
金子みすずの詩「大漁」です。
朝やけ小やけだ
大漁だ
大羽いわしの
大漁だ
浜は祭のようだけど
海の中では
何万の
いわしのとむらい
するだろう
なぜ、量子力学にこの詩が・・・?この時にはよくわかっていませんでした。
量子力学の世界を知るには
「知力によってのみ認識しうる、機器で検出される実在への頭の切り替えが必要」
だというのです。
話はいよいよ物理的な世界への入り口です。頭の中がぐっと縮こまります。
「数式で表される理論、そのもととなる実験結果による理論との一致。それにより厳密さ、普遍性、客観性が保証される。」
物理学の世界を表現する言葉は数式だということでしょうか?
理論を立てて、それを実験し、その結果が理論と一致すればそれは普遍なのだろうか?
「それって非常に確率の高い”星占い”と変わらない論理じゃないのーっ」と否定したくなる自分がいます。
でも一方で、この様々な数式であらわされる理論を応用してできた技術を利用している自分もいて、「その技術が”星占い”と同様のものであるはずがない!」と思うのを否定する自分もいます。
うーん、どちらかというと生物分野肌な自分は自身を持って普遍性、客観性があると言い切れません。
「光は粒であり波である」
光は伝わっていくときは”波”のような性質を持っていて、何か物質に作用するときは”粒”として振舞うのだそうです。さらにそれは”光”だけでなく量子的粒子すべてに当てはまるようなんです。
”粒”=”モノ”、”波”=”コト”です。
どう違うのか?なんとなく分かるような分からないような・・・。
「分からないのをそのままにしておくとさらにわからなくなる!」と思った会場の参加者からは、なんとかこの部分を理解しようと質問が繰り返されます。
その質問に岡本さんも身振り手振りを交え、いろいろな例えを用いて説明してくださいました。

「”波”とは”コト”が移動するのであって、”モノ”が移動するのではない。」
海の波間に浮かぶゴミは波と同時に移動はしない!
少しわかったような気がします。
さらに、
「同種の量子的粒子は互いに区別できない」
つまり、原子や電子はすべて全く同じものであるだということです。日本の水素原子も南極の水素原子も同じです。地球の水素原子も太陽の水素原子も同じです。
うーん納得・・・いや待てよ、ということは…同じものなら区別がつかないから、観測のやりようがないじゃないか?動物行動学でも個体識別は不可欠じゃないかと思うのは素人の浅い認識でしょうか・・・。
さらにさらに
「電子が動くということは”波”が伝わっていくということで電子の”粒”そのものが動くことではない」
つまり、電光掲示板に敷き詰められた同じランプが順序良く点滅することで文字が流れていくように見えるのと同じようなイメージです。
はっ!福岡伸一さんの「動的平衡」に書かれていた内容を思い出しました。私たちは個体としては変化がないように見えますが、我々の体を構成する分子、原子は常に入れ替わっています。同じモノではないけど同じような状態には維持されています。我々は動的平衡状態にあるということです。
これとイメージがだぶりました。
「ということは、生物、すなわち我々の存在も量子的に見れば「波」ではないか!」
と、イメージしちゃうと、波動水とか波動壺なんていう怪しいものがそれらしく聞こえてしまいますが、こういうのって量子力学の理論をそれっぽく取り込んで説得力を膨らませているのかなーなんてことも思いました。怪しい世界も最先端科学をとりこんでいるんだなーと変な部分に関心してしまいました。
もう一つふっと思い浮かんだのは、
わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)
という文章です。
宮沢賢治です。
中学か高校の教科書で出会った文章のような気がしますが、その当時は全くイメージが伝わりませんでした。というか、なんじゃらほいというのが正直なイメージでした。
今はこの文章は量子力学的な世界観のような気がします。
調べてみるとこの文章は詩集「春と修羅」の序文でこの文章の続きもさらにいろいろなイメージが湧いてきます。学生時代はチンプンカンプンだったのですが…。
うーんどうも、考えの飛躍ばかりで本題の量子の世界のことはどうもすっきり理解できていそうにありません。岡本さんが紹介してくれた「量子力学を分かったという人は量子力学を理解していない人だ」というファインマンの言葉すらなぐさめにならないほどです。

なぜこうも量子の世界がすっきりと理解できないのか?
ぼんやりとこんなことをイメージしてみました。
「今から約46億年前に地球ができ、約38億年前に生命が誕生しました。あと数十億年後に地球は太陽に飲み込まれます。」
なんとなく「そうなんだー」と思うけどもイメージがわきません。
なんでだろう…?
時間スケールが人間サイズじゃない!
本川達雄さんの「ゾウの時間、ネズミの時間」という本で読んだ内容を思い出しました。
「時間は唯一絶対不変のものではない、動物には動物のサイズによって変わるそれぞれの時計があり、われわれの時計では、ほかの動物の時間を単純には測れないのである。・・・感覚が発達していない事象に関しては、たとえ外界に存在していても、ヒトの頭の中の世界には存在しない。・・・頭の中の時間軸は、自分に固有の時間軸だけしかないのであろう。時間に関しては、ヒトは外部に閉ざされた存在だと言えるのではないか。」
自分の中の感覚だけで理解しようとするから、量子の世界がすっきり理解できないんだ。
と思うと、最初に岡本さんがなぜ金子みすずの詩「大漁」を紹介したのか、ようやくわかりました。
人間中心の視点を変えること、これは量子の世界を”見る”ことにも当てはまるんだと気づきました。
こうしている今も私たちは目に飛び込む光子でこの世界を見て、原子を食べ、原子を取り込み、電子の波の中にいます。量子の世界に生きているんだなーと私の中の閉ざされた感覚の世界が少し広がったような気がしました。

語りの時間終了後もいろいろな面白い実験(?)を披露していただき、疲れた参加者の脳をリフレッシュしていただきました。
まだまだ今回購入した量子力学関連の本を読み果せていません。じっくり読解していきたいと思っています。理解が詰まった時には岡本さん、アドバイスよろしくお願いします。
今回も報告作成までに時間がかかってしまいました。
なぜか・・・?
正直に言うと今回のカフェペディアで自分の中に生まれたアイデアをうまく言葉に表現できなかったからです。
カフェペディアの夜に生まれたぼんやりとしたアイデアをしっかりとつかむためにいろいろ本を読みました。開催前にもいろいろと量子力学関連の本を読んでみましたが、???の部分が多く、その部分は放っていました。しかし、今回のカフェペディア開催後にぼんやりとつかめたイメージで改めて本を読むと???の部分が少し解消されました。(その分新たな???が生まれたのですが…。)
そういうことですので今回の報告書では、カフェペディアでの話とその後に読んだ本で出会った内容が混在していると思いますがご了承ください。また、理解し間違えている部分もあろうかと思います。その際にはコメントにてご指摘修正していただけるとありがたいです。
前置きが長くなってしまいました。
今回の量子の世界の話、最初は原子や電子よりも小さな世界のことだと言う程度の認識しかありませんでした。事前に岡本さんの研究室でお話させていただいた際の私のこのような理解状況を察していただき、カフェペディアでは日常生活の視点では全くイメージできない世界、そういう世界を捉えるため頭のウォーミングアップの話からスタートしました。
金子みすずの詩「大漁」です。
朝やけ小やけだ
大漁だ
大羽いわしの
大漁だ
浜は祭のようだけど
海の中では
何万の
いわしのとむらい
するだろう
人間中心の視点を変えることで気づく世界です。
なぜ、量子力学にこの詩が・・・?この時にはよくわかっていませんでした。
量子力学の世界を知るには
「知力によってのみ認識しうる、機器で検出される実在への頭の切り替えが必要」
だというのです。
話はいよいよ物理的な世界への入り口です。頭の中がぐっと縮こまります。「数式で表される理論、そのもととなる実験結果による理論との一致。それにより厳密さ、普遍性、客観性が保証される。」
物理学の世界を表現する言葉は数式だということでしょうか?
理論を立てて、それを実験し、その結果が理論と一致すればそれは普遍なのだろうか?
「それって非常に確率の高い”星占い”と変わらない論理じゃないのーっ」と否定したくなる自分がいます。
でも一方で、この様々な数式であらわされる理論を応用してできた技術を利用している自分もいて、「その技術が”星占い”と同様のものであるはずがない!」と思うのを否定する自分もいます。
うーん、どちらかというと生物分野肌な自分は自身を持って普遍性、客観性があると言い切れません。
「光は粒であり波である」
光は伝わっていくときは”波”のような性質を持っていて、何か物質に作用するときは”粒”として振舞うのだそうです。さらにそれは”光”だけでなく量子的粒子すべてに当てはまるようなんです。
”粒”=”モノ”、”波”=”コト”です。
どう違うのか?なんとなく分かるような分からないような・・・。
「分からないのをそのままにしておくとさらにわからなくなる!」と思った会場の参加者からは、なんとかこの部分を理解しようと質問が繰り返されます。
その質問に岡本さんも身振り手振りを交え、いろいろな例えを用いて説明してくださいました。

「”波”とは”コト”が移動するのであって、”モノ”が移動するのではない。」
海の波間に浮かぶゴミは波と同時に移動はしない!
少しわかったような気がします。
さらに、
「同種の量子的粒子は互いに区別できない」
つまり、原子や電子はすべて全く同じものであるだということです。日本の水素原子も南極の水素原子も同じです。地球の水素原子も太陽の水素原子も同じです。
うーん納得・・・いや待てよ、ということは…同じものなら区別がつかないから、観測のやりようがないじゃないか?動物行動学でも個体識別は不可欠じゃないかと思うのは素人の浅い認識でしょうか・・・。
さらにさらに
「電子が動くということは”波”が伝わっていくということで電子の”粒”そのものが動くことではない」
つまり、電光掲示板に敷き詰められた同じランプが順序良く点滅することで文字が流れていくように見えるのと同じようなイメージです。
はっ!福岡伸一さんの「動的平衡」に書かれていた内容を思い出しました。私たちは個体としては変化がないように見えますが、我々の体を構成する分子、原子は常に入れ替わっています。同じモノではないけど同じような状態には維持されています。我々は動的平衡状態にあるということです。
これとイメージがだぶりました。
「ということは、生物、すなわち我々の存在も量子的に見れば「波」ではないか!」
と、イメージしちゃうと、波動水とか波動壺なんていう怪しいものがそれらしく聞こえてしまいますが、こういうのって量子力学の理論をそれっぽく取り込んで説得力を膨らませているのかなーなんてことも思いました。怪しい世界も最先端科学をとりこんでいるんだなーと変な部分に関心してしまいました。
もう一つふっと思い浮かんだのは、
わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)
という文章です。
宮沢賢治です。
中学か高校の教科書で出会った文章のような気がしますが、その当時は全くイメージが伝わりませんでした。というか、なんじゃらほいというのが正直なイメージでした。
今はこの文章は量子力学的な世界観のような気がします。
調べてみるとこの文章は詩集「春と修羅」の序文でこの文章の続きもさらにいろいろなイメージが湧いてきます。学生時代はチンプンカンプンだったのですが…。
うーんどうも、考えの飛躍ばかりで本題の量子の世界のことはどうもすっきり理解できていそうにありません。岡本さんが紹介してくれた「量子力学を分かったという人は量子力学を理解していない人だ」というファインマンの言葉すらなぐさめにならないほどです。

なぜこうも量子の世界がすっきりと理解できないのか?
ぼんやりとこんなことをイメージしてみました。
「今から約46億年前に地球ができ、約38億年前に生命が誕生しました。あと数十億年後に地球は太陽に飲み込まれます。」
なんとなく「そうなんだー」と思うけどもイメージがわきません。
なんでだろう…?
時間スケールが人間サイズじゃない!
本川達雄さんの「ゾウの時間、ネズミの時間」という本で読んだ内容を思い出しました。
「時間は唯一絶対不変のものではない、動物には動物のサイズによって変わるそれぞれの時計があり、われわれの時計では、ほかの動物の時間を単純には測れないのである。・・・感覚が発達していない事象に関しては、たとえ外界に存在していても、ヒトの頭の中の世界には存在しない。・・・頭の中の時間軸は、自分に固有の時間軸だけしかないのであろう。時間に関しては、ヒトは外部に閉ざされた存在だと言えるのではないか。」
自分の中の感覚だけで理解しようとするから、量子の世界がすっきり理解できないんだ。
と思うと、最初に岡本さんがなぜ金子みすずの詩「大漁」を紹介したのか、ようやくわかりました。
人間中心の視点を変えること、これは量子の世界を”見る”ことにも当てはまるんだと気づきました。
こうしている今も私たちは目に飛び込む光子でこの世界を見て、原子を食べ、原子を取り込み、電子の波の中にいます。量子の世界に生きているんだなーと私の中の閉ざされた感覚の世界が少し広がったような気がしました。

語りの時間終了後もいろいろな面白い実験(?)を披露していただき、疲れた参加者の脳をリフレッシュしていただきました。
まだまだ今回購入した量子力学関連の本を読み果せていません。じっくり読解していきたいと思っています。理解が詰まった時には岡本さん、アドバイスよろしくお願いします。
2009年9月28日月曜日
第二十夜のカフェペディアメニューです。
18:00開場~19:00開演までの間のカフェペディアメニューの発表です!
●ディナーセット \1250(1drink、プチサラダ付) 3種類よりお選びください。
・キーマカレー
・チキンのトマトソース煮込み(バケット付き)
・海老とホウレン草のぺペロンチーノ
●前菜3種プレート \1100(1drink付)
※プレートのみのご注文は\750
・蒸し鶏とセロリのサラダ、ロースハムのムース、タコのガリシア風
●デザートセット \750(1drink付)
・バナナのチーズケーキ
・クルミのガトーショコラ
・抹茶のシフォンケーキ
これ以外のお客様はドリンクのみのオーダーとなります。また、19:00~20:30の時間帯はドリンクのみのオーダー、講演終了後は通常メニューとなります。
●ディナーセット \1250(1drink、プチサラダ付) 3種類よりお選びください。
・キーマカレー
・チキンのトマトソース煮込み(バケット付き)
・海老とホウレン草のぺペロンチーノ
●前菜3種プレート \1100(1drink付)
※プレートのみのご注文は\750
・蒸し鶏とセロリのサラダ、ロースハムのムース、タコのガリシア風
●デザートセット \750(1drink付)
・バナナのチーズケーキ
・クルミのガトーショコラ
・抹茶のシフォンケーキ
これ以外のお客様はドリンクのみのオーダーとなります。また、19:00~20:30の時間帯はドリンクのみのオーダー、講演終了後は通常メニューとなります。
登録:
投稿 (Atom)